精神疾患で辛い時は泣く方が良いと思う

普段、生活をしていると疲れやイヤな事がたまって、気持ちが落ち込んだり、気分が上がらなかったりする事ってありますよね?

僕は適応障害と診断されてからは、特にその傾向が強くなり、心が悲鳴を上げている感覚が次第に強くなっていきました。

辛くてシンドイから、泣きたくなる程に気分が落ち込む事もありますが、それでも「泣く」という行為自体を、耐えて堪えていたのです。

これは何故でしょうか?

本当に「泣く」ということは耐えるべき、堪えるべき行為なのでしょうか?

 

結論から言うと、泣きたくなったら泣いた方が良い、と今は感じています。

 

特にうつ病や、僕のような適応障害などの精神疾患を抱えているのなら、なおさら感情を表に出す事を意識した方がメンタルにも良い影響があるのでは?と感じています。

今まで、「泣く」という行為を耐えて、堪えていたのは何故なのでしょうか?

泣いてはいけないという呪縛

これは僕の主観ですが、「泣く」という事自体、あまり許容された行為では無い、という社会的な風潮で育ってきたという認識があります。

辛くても、しんどくても泣きべそをかかずに我慢をする!という事を小さいころから教育されてきたように感じます。親の教育しかり、学校教育しかりです。

マイナスの感情は表には出さずに、自分の感情をグッと堪える、自分が我慢すれば周りや全体は上手くいく、自分の考えや気持ちを第一にせずに、一歩下がって周りを立てる、という具合です。

確かに、今まではそういった意識で仕事をこなしてきました。その結果、一定の人事評価がされて、同期と比べてだいぶ早く役職者に任命された事もあります。※今は色々あってヒラです(笑)

自分の感情を出さずに全体の意思・利益を最優先する、という事が美徳である、という認識が自分の中で出来上がっていたのです。

 

だから、「泣く」なんていう事は、恥ずべきカッコ悪い行為である、という考えに繋がり、その考えが呪縛となっていました。

 

同様に、精神面で辛いとかシンドイなんて言葉も、仕事上では口にした事はほとんどありませんでした。プライベートでもです。

むしろ、自分の弱みを見せたり、ましてや人前で泣いたりするなどあり得ない事だと認識していました。

ですが、この呪縛が自分をどんどん追い詰めて、苦しめることになっていたのだと、適応障害と診断されてから気が付きました。本当につい最近の事です。

泣くことのメリット

適応障害で、実際に休職に入ってから、2~3日してからの事です。「悔しい」という気持ちで僕は初めて泣きました。

この「悔しい」という気持ちは、後から気が付いた事だったので、その時は、突然に訳も分からず「泣く」という状況になったのです。

今まで、病気(腎臓ガン)による手術などの肉体的な痛みによって、涙を流したことはありますが、心の痛みで泣いたのは本当に子どもの時以来だと思います。

この時、涙が自然と溢れて、嗚咽をしながら泣きました。こんな泣き方をするなんて、大人になってからはおそらく初めての事で、自分でも泣きながらその事に驚いたのを覚えています。

時間にして15~20分ほど泣いたと思います。泣いた直後は軽い放心状態でしたが、泣くことによって、今まで辛かった、しんどかったという感情が表に出る事によって、心が軽くなったのを覚えています。

「泣く」ことによって、感情が表に溢れ出て、心のデトックス効果に繋がったのだと思います。

 

この時、「あぁ、辛い時やシンドイ時は泣いても良いんだ」と、初めて気が付きました。というか、気が付くのが遅すぎです。

 

「泣く」という自分の感情を表に放出する行為が、心の安定感を増すことに繋がる、ということを実体験する事となりました。

「泣く」ことのメリットをようやっと知る事が出来た、というわけです。

きっと子供の時は、辛いとかシンドイとか心が感じたら、素直につらい!シンドイ!という気持ちを「泣く」ということで表現して、自然と自分の気持ちを大切に出来ていたのだろうな、と今になって思います。

大人になるにつれて、周りに同調する、空気を読むという事が当たり前となり、その当たり前が、時には自分の心を追い詰める事に繋がっている事があるのだな、と実感する事が出来ました。

泣きたい時は泣けば良い

どんな人でも、辛い時や悲しい時はあると思います。本当に辛くて泣きたいという気持ちがあったら、その時は素直に泣くのが一番良いのでは? と今は感じています。

「泣く」という事は恥ずべき事でもなく、みっともない事でもありません。「泣く」事が出来るという事は、いつも自分の感情と素直に向き合っているからこそ出来る事だと思います。

 

また、かっこ悪いなどの余計なプライドが無い事で、自分以外の誰かが辛く泣いている時でも、きっと寄り添う事が出来ると思います。

 

人は誰しも、自分のことで手一杯ですが、少しでも他の誰かに寄り添い、力を貸してあげる事が出来れば、きっと、その優しさが少しずつ広がって、お互いを許容する関係性の礎になるのでは、と考えています。

「泣く」という行為が、自分を労わるだけなく、他者との繋がりを作るきっかけにすら成り得るのでは、と感じています。

辛い事や悲しい事があったら、プライドなんて気にせず「泣く」ことにします。もちろん、楽しい事や、嬉し事があっても泣いて喜ぶ人になりたいです!