働けない=甘えという価値観

働く=生活を担保するもの、つまり、働く=生きていく事。そう言えると思います。だから、働くという事は至極、当たりまえの事であり、当然、生きていく上でやらざるを得ないことである、と僕はそう認識しています。

そして、働くということ自体は尊いことであり、一生懸命に働くことが素晴らしいことである、とも認識しています。

ですが、僕は今、適応障害により休職を選び、結果として「働けない」状況となっています。これは自分が休職を選択したこその結果ではあります。

休職に至るまでの経過については、自分がコントロール出来る範疇を逸脱していた点もあり、「働けない」状況となったのは100%自己責任だとは思ってはいません。

休職に至るまでの経過はこちらをご覧ください。

 

ですが、「働けない」=甘え、という社会的通念が自分の中にもあり、その事が自分を苦しめる事があります。

働けない恐怖と悔しさ

働く事は当たり前のことであって、誰しも働く、ということを経験、または継続していると思います。

ですが、僕のような精神疾患であったり、または身体的な理由等で「働けない」という方も、一定数世の中には存在しています。

この「働けない」という理由は、各個人によって様々あるかとは思いますが、今まで働いていたけど働けなくなった、働きたいけど働けない、などの状況にある方は、きっと働けない恐怖と悔しさがあるのではないでしょうか?

僕は、適応障害によって、休職を選択して実際に休職期間に入った際には、少しの安堵感はありましたが、今、自分は働けないという事に対して、恐怖と悔しさを感じました。

働けないことによって、、、今まで成立していた当たりまえの事が消失します。

 

・収入が無くなる

・帰属意識が無くなる

・社会的地位が無くなる

・周りの人間に対しての自己証明が無くなる

・直接的、間接的な社会的貢献が出来なくなる

 

このように、働いていた時は当たり前のようにあった事が、一気に消失します。この現実を受け入れるということは、同時に恐怖と悔しさを感じる事と同義であると思います。

結果、働けない自分は無価値な存在であり、働けない=甘えである、という認識に至り、自分を責めてしまいがちになる恐れがあります。

一時的に働かないという選択肢

僕自身、今まで通りに働く事が出来ないという自分に、非常に悔しさと苛立ちを感じた事があります。今でも、現在の状況とこれからに、恐怖心と不安を感じる事があるのもまた事実です。

 

働くということは当たり前の事ではありますが、「一時的に働かない」、という選択肢もあっても良いのではないか? と休職してから感じるようになりました。

 

とは言え、すぐ働いて収入を得ないと生活が破綻する、という切迫した状況の場合もあるので、一概に、「一時的に働かない」、という選択肢自体を推奨するわけではありません。

働く事で、経済的余裕を得たり、社会貢献が出来たり、承認欲求を満たす事が出来たり、様々な可能性がある事は事実です。

それでも、そういった様々なベネフィットを差し置いてでも、働く事を最優先に考える事が出来ない、という状況であれば、「一時的に働かない」という選択肢はその人の人生にとっては絶対に必要な事であると思います。

 

人間は最優先したくない事を、最優先し続けると、心身に支障をきたす恐れがあります。それは、自分の心に嘘をつき続ける⇒自分を騙す行為となるからです。

 

いまの自分が本当にどうしたいのか? と自分と向き合うことで、今まで見えてこなかった本音や、どうせ出来やしないと思い込んでいた考えに改めて気づくことが出来るかも知れません。

だから、自分の今の本音が、働きたくない、少し休みたい、と思うのであれば、一時的にでも、「働かない選択肢」があっても良いと思うのです。

働けない=甘えという価値観を見直す

働けない=甘えと言う価値観が世間一般にあるのは事実だと思います。また、その一般的な価値観に自分自信が影響されているのも事実です。

これは働くことが当たり前であって、当たり前の事を出来ない人間は無価値である、という考えから、働けない=甘えという価値観が生まれていると思います。

ですが、当たり前の事とはいったいどういった事を指すのでしょうか?

社会的に当たり前とされている事と言えば、挨拶であったり、お礼であったり、他人に迷惑を掛けない事、とかでしょうか?

でも、挨拶やお礼を必ずしも全世界の全員が出来ているとは思いませんし、基本的に人は生きていく上で、誰かしらに迷惑を掛けているものです。

とある国では、迷惑は掛けるものだから、他人の迷惑にも寛大になれ、という考え方があるそうです。日本とは真逆の発想方法ですよね。

出来て当たり前とされる事でも、人によっては出来ていない、なんて事、実は結構あるのではないでしょうか。

何が当たり前かなんて言うのは、一定の共有認識はあれど、人によっても国によっても異なります。

そんなあやふやものを絶対視して、働けない=甘えであるという認識を持ち、多様な選択肢を狭める必要性は無いと思います。

今の自分にとって、最優先すべき必要な事が、「働かない」であれば、その選択肢を選んでも良いのだと思います。

つまり、働かない=甘え、ではなく。働かない=今の自分に必要なこと、となります。多様な価値観とそれを許容することが、社会をより良くする方法のひとつだと信じています!