【体験談】人事異動で適応障害になったお話 後編

こんばんは、まめまんめです。

前回は【実体験】人事異動で適応障害になったお話の前編でしたが、今回は後編になります。そう、後編があるのです。課長のパワハラ行為によって心を病んでいった僕の後半の物語です。

人事異動が適応障害をの原因

課長の高圧的かつ威圧的な態度は日に日に増していき、このままでは悪い方向になってしまうと思い、まずは部長に現状の関係性の悪さと仕事に与える悪影響を伝え、部内全体としての意思疎通の場として、部内ミーティングの提案を行いました。

特に難しい事を話すのではなく、お互いが感じている不平、不満でも、改善したい事でも、何でも良いから全員で顔を合わせて腰を落ち着かせて話す必要がある、と思ったからです。ですが、この提案は一切聞き入れられませんでした。その時、部長に言われた言葉が、

 

メンドクくせぇから、そんな事やりたくねぇーんだよな、どうせケンカになって疲れるだけだろ?

 

自分の耳を疑う言葉でした。部内の関係性は他部署から見てもおかしいと指摘されるほどで、仕事にも影響をきたしているのに、メンドクさいの一言で済まされたのです。

人に期待してはいけない、という言葉がありますが、この時、強く実感しました。ですが、機を見ては、同様の申し出を全部で3回行いましたが、いずれも答えは同じでした。

この時、他の同僚に相談しても部内ミーティングはやった方が良い、という意見でしたが、実現には至りませんでした。

課長と1対1で直接的な話し合いの機会を持つ

これではラチがあかないと、少しでも歩みよりをしようと、課長と1対1で直接話しをする事にしました。これはもちろん僕からの提案です。

こちらに至らないところがあれば直接言ってもらって、改善出来る点は改善する、という姿勢でした。

話し合いの結論としては、もう修復改善は無理だな、という思いでした。と言うのも、課長曰く、自分は課長になんてなりたくなった、残業代も付かずに責任だけ増してやってられない、本来なら自分がやるポジションではない、お前と違って残業代が付かないから生活が苦しい、という意見でした。

確かに、役職者になると役職手当が付くために残業代は付きません。かたや、僕は役職者では無いので、残業代は付けられます。そこが気に入らない、という事でした。

 

ですが、課長に任命したのは人事権のある役員であり、役職者が残業代が付かないのは会社の規定です。つまりは、僕がどうこう出来る内容では無いのです。

 

そんな理由でストレスのはけ口をこちらに向けてくる、という事実を突きつけられただけでした。

役員面談での出来事

そんな人間関係に四苦八苦している時に役員面談がありました。相手は専務理事と常務理事です。これは全社員に行われている面談です。僕が勤めている会社は50人規模なので、こういった面談を行っています。

この面談の中でも、部内の現状と課長、部長とのやりとりを正直に伝えました。それに対する役員の答えはそこまでこじれた人間関係は元には戻らない、という意見でした。確かにそれは一理ある、と僕も感じました。

対策は考えると言っていましたが、残念ながら特に対策は講じられる事はありませんでした。つまりは自分で何とかしろ、という事です。

確かにある程度の歳を重ねた人間であれば、自分の事は自分で解決するのが大人、であるとは思います。

ですが、今回の人間関係悪化の大元になっている課長のパワハラのもとの理由は完全に自分とは無関係のところにあるのです。

 

こうなってしまっては自分で解決する事はかなり難しいと思います。こうして、どんどん退路を断たれて、僕の心はどんどん病んでいきました。

 

そして、メンタルクリニックを受診した時に、初めて休職、という選択肢を発見したのです。今でもこの選択が正しかったかは分かりません。

ですが、休職する、という新し選択肢を得た事で僕の心は少しだけですが、救われた気がしました。

休職してから、どうするか?という課題も付きまといますが、まずは心の休息を取る事が最優先だと思います。心の病は実は身体にも影響をきたします。まさに心身共にダメージが蓄積されていくのです。

 

少しでもダメージが少ないうちに、休息をとる、その後のことは次に考える!それでも僕は良いと思います。逃げたと思われても、放り出したと思われても、です。必ずあなたに味方はいます。

 

そして、自分が自分自身の味方になって下さい!僕も日々試行錯誤の毎日です。きっとこれからも右往左往しながら、紆余曲折を描きながら、人生を進めていくと思います。

時には立ち止まっても、後退しても良いです。少しでも元気がでたら、その時にちょっとずつで良いので歩を進めてみましょう!

人事異動で適応障害になったお話の前半はこちらからどうぞ。